
怠惰と傲慢 【ふーさわ声劇 前日譚①】

この記事は、9/5(土)に開催される
"ふーさわラジオ"でお披露目する
声劇ストーリー上の前日譚。
小説を読まなくても
企画は楽しめます。
逆に、小説だけでも楽しめます。
より、キャラクターへの理解度を深めたい方向けに執筆した内容です。
当記事を含めて
全5回の連載で完結予定となります。
当該記事内に登場する【颯太】および【おーさわ】の性格および情報は、実際と大きく異なる部分が多々あります。あくまで、おーさわが創り上げたフィクションのキャラクター/二次創作物と捉えていただけますと幸いです。
※次回以降、上記説明欄は省きます。

Ep.01 「怠惰」/おーさわ
左手に握った安物のシャープペンシルを、机の天板にそっと押し付ける。
ゆっくりと、じわじわと指先に圧を加え、芯が折れるか折れないかのギリギリの境界線を探る。息を詰めた数秒後――ポキッ、という乾いた音が鼓膜に届いた。
「あ、だめだ」
折れた数ミリの黒鉛が、机を転がっていく。
六月。
市立・紺野中学校。
扇風機が生ぬるい空気をかき回す木曜日のホームルーム。
「書き終わったやつから、放課後にしていいぞ」
担任の川田先生は、チョークの粉をパンパンと払いながらそう言い残し、さっさと教室を後にした。私の目の前には、「進路希望調査」と明朝体で印字されたB5用紙が、まるで何かを強要するように横たわっている。
日頃から未来の輪郭をはっきりと主張している連中が、部活用の大きなエナメルバッグを肩に担ぎ、教卓に置かれた回収箱へ次々とプリントを放り込んでいく。上履きが鳴る軽快な音とともに、彼らは颯爽と教室を出て行った。
その背中を見送りながら、私はふと、自分が永遠にこの紙を書き終えられないような錯覚に陥る。希望進路なんて、私の頭の中のどこをひっくり返しても見当たらないからだ。
退屈しのぎの「シャー芯圧力ゲーム」にも、とうの昔に飽きていた。
私はシャープペンシルを握り直し、「第一希望」と書かれた四角い枠線の内側に、小さな文字で『だるい』と書き込んだ。 その下の「第二希望」には『帰りたい』。 さらに「第三希望」には『眠い』。
数秒間、その文字を見つめた後、私は消しゴムでそれらを乱暴に擦り消した。紙が少しよれて、消しカスが残る。
……本音のまま提出箱に放り込めるほどの度胸が、私にあればよかったのに。
十五歳の私という人間をひとことで表すなら、「怠惰」に尽きる。
これといって胸を焦がすような趣味もなければ、心血を注げる何かもない。将来の夢だの、希望する進学先だの、そんなものはもってのほかだ。
そこそこのコミュニケーション能力と、そこそこの世渡り術。
それだけを武器に、「特に何もしたくない」という平熱のまま今日まで生きてきた。 窓ガラスを割って回るような悪行で目立ちたいわけでもなく、表彰状を受け取るような功績を称えられたい欲求もない。
教室の中には、「陽キャ」や「陰キャ」といった見えないカースト制度の定規が確かに存在しているが、私にはそのどちらも当てはまらない。
面倒な指標を気にすることすら、ひどく億劫なのだ。
誰とでも隔たりなく、愛想よく会話はできる。
けれど、誰とも決して深くは繋がらない。
私は教室という国家を漂う、孤独で怠惰な遊牧民だった。
ふらふらと、自堕落に。
毎日の楽しみといえば、給食の献立くらい。
周囲からの評価も、「いつもニコニコしてるけど、なんかテキトーな人」という、毒にも薬にもならないところで留まっている。
教室からすっかり人が減り、遠くから吹奏楽部のチューニングの音が聞こえ始めた頃。 私は小さくため息をつき、先月の実力テストの判定結果から「ちょうど無難に受かりそう」な高校の名前を三つ、適当に書き並べた。

Ep.02 「傲慢」/颯太
右手のひらに刻まれた硬いマメを、左手の親指でなぞる。
スパイクを打ち続けることで分厚くなったその皮膚の感触だけが、淀んだ教室の中で唯一、俺を安心させてくれるものだった。
六月。
市立・風間中学校。
「書き終わったやつから、部活なり下校なりしていいぞ」
担任の森田がそう言い残して教室を出て行った直後、空間は一気に水門が開いたように騒がしくなった。
「なあ、お前進路どうする? やっぱ家から近いとこ?」 「俺、高校行ったら絶対バイトしてバイク買うわ。部活なんてやってらんねーし」 「それな。とりあえず適当な公立書いとくわ」
周囲から聞こえてくる、弛緩しきった笑い声。
あちこちで交わされる「妥協」と「適当」にまみれた会話を聞いていると、腹の底からドロドロとした苛立ちが込み上げてくる。
バレー部のチームメイトたちも例外ではなく、すでに気持ちは引退後の自由な時間へと向かっているのが手に取るようにわかった。
俺は舌打ちをひとつこぼし、机の上の「進路希望調査」と書かれたB5用紙を睨みつけた。
迷いなんて、一ミリもない。
ペンケースから抜き出した黒のボールペンを、指の関節が白くなるほど強く握りしめる。
第一希望の四角い枠内に、県内屈指のバレーボール強豪校の名前を、紙が凹むほどの強い筆圧で書き殴った。
「私立コンフィー学園高等学部 / スポーツ推薦」。
文字が、俺の決意を証明するように黒々と、力強く刻み込まれる。
次いで、第二希望。空欄。 第三希望。空欄。
保険なんていらない。
俺の人生には、バレーボールしかないのだから。
高いブロックを打ち破る瞬間の、あの血液が沸騰するような快感。
ボールが床に叩きつけられる破裂音。
俺だけが、世界の主人公になれる興奮。
「おっ、颯太。お前もう書いたの?」
前の席に座っていたバレー部主将の堀が、のんきな顔で振り返ってきた。
彼の手元にあるプリントには、無難な普通科の高校名が几帳面な字で並んでいる。
「……..。ああ。」
「相変わらず決断が早いな。……。って、お前、コン学?
私立が第一志望なの?」
「俺はバレーで生きる。」
冷たく尖った声に、堀は苦笑いを浮かべて視線を逸らした。
「お前は本当に、バレーの事ばっかりだな」
「当たり前。遊びでコートに立ってるわけじゃねーの。」
俺は乱暴に立ち上がり、椅子が床を擦るけたたましい音を響かせた。教室中の視線が一瞬こちらを向いたが、知ったことではない。 プリントを掴み、教卓の上の回収箱へ向かって大股で歩く。
俺は、バレー部に呆れていた。
俺のことを輝かせられる人間がいないからだ。
誰とも分かち合えないなら、一人で強くなるしかない。
馴れ合いも、仲良しこよしもいらない。
教室を出て、まだ誰もいない体育館へと急ぐ。 ワックスと埃の入り混じった匂いを胸いっぱいに吸い込むと、ようやく自分の居場所に帰ってきた気がした。
一人ぼっちのコート。
俺はボールカートから古びたバレーボールを一つ掴み取り、虚空に向かって高く放り投げた。 誰の理解もいらない。
俺は俺の熱で、必ず復讐してやる。
次回、「青春と復讐」。
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